真実を追究する KSM WORLD

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    零戦

    1: KSM WORLD NEWS 2017/11/06(月)23:34:33 ID:???
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    零戦、売ります! 唯一の日本人零戦オーナーが決意のお願い
    零戦オーナーの石塚政秀さん
    かつての日本海軍主力戦闘機・零戦を、日本人で唯一保有している人がいる。36年海外在住の石塚政秀さん、56歳。今年6月、72年ぶりに東京湾上空を飛行し話題となったが、「零戦を売ります」という。でも、お高いんでしょう?

    零戦、売ります! 唯一の日本人零戦オーナーが決意のお願い
    石塚さん 末永裕樹/文藝春秋
    購入価格は3億5000万円
    ――どうして売りたいのですか?

    石塚 本業のファッション・ブランドの経営も厳しい中で、もうお金の限界です。
    零戦を日本で維持管理するには、 ざっと年間2000万円かかるんです。
    保険で1000万円、駐機代に整備費、確認飛行にかかる費用で1000万円。
    私はこの零戦を2008年に購入し、10年間私財を費やして維持してきましたが、もうこれ以上は無理というところまできました。
    海外での会社経営から購入した自宅も牧場も車も所有していた船も売却してしまいました。


    ――そもそもいくらで買ったのですか?

    石塚 3億5000万円です。

    ――3億5000万円! それは妥当なお値段なんですか?

    石塚 イギリスのスピットファイアー、ドイツのメッサーシュミット、アメリカのP-51マスタング、P-38ライトニングなど海外の戦闘機と比較しても、
    だいたいこれくらいだと思います。
    高い買い物をしたとは思っていません。唯一オリジナルの中島「栄」エンジンで飛んでいる零戦52型は20億円の値札が付いていますし。

    ――しかし、どうして零戦を保有しようと思ったのでしょう。

    石塚 元々は、ある地方自治体からの「建設予定の博物館に零戦を展示したいので、機体の購入を手伝って頂けませんか」という打診から話は始まります。
    私はニュージーランドでレザージャケットメーカー「THE FEW」というファッション・ブランドの会社を経営していて、特に大戦期のアメリカ空軍、海軍のフライトジャケットを扱ってもいるものですから、自然と国内外の航空関係者、飛行機のコレクターと知り合うことが多いんですね。いわば世界各国の航空関係者との航空コネクションがあるのです。

    (以下略)

    Yahoo!ニュース/11/6(月) 11:00配信 文春オンライン
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171106-00004750-bunshun-soci

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    1: KSM WORLD NEWS 2017/08/05(土) 18:29:45.77 _USER9
    さほど飛行機に興味のない方でも、「ゼロ戦」「ハヤブサ」という機体名はご存じだろう。「ゼロ戦」は帝国海軍「三菱零式艦上戦闘機」、そして「ハヤブサ」は帝国陸軍「中島一式戦闘機 隼」の略称である。

    零戦と隼は、太平洋戦争前のほぼ同時期に開発が始まった。両機は列国戦闘機を凌駕する運動性能と長大な航続距離が要求され、同型式のエンジンを採用したため、似通った性能とスタイルになった。それは設計上の必然であった。交戦した米軍は、しばしば両機を混同していたほどである。

     したがって「もし零戦と隼が戦ったら、どちらが強いだろう?」という疑問がわくのも当然である。そこで強烈なライバル意識が介在する帝国海軍と帝国陸軍は、面子は賭けるが記録には残さない、非公式な“手合わせ”(模擬空戦)を実施した。その結果、全般的に零戦の方がやや優勢だったと伝えられている。

     アメリカに現存する零戦22型と隼Ⅲ型甲を世界で初めて編隊空撮した際に、零戦の米国人パイロットは、「零戦は空気抵抗が小さいせいか、スピードが乗って減速しにくいので、隼を追い越しそうになり、編隊を組むのが難しかった」と証言している。同時代に開発され、同型式のエンジンを搭載していても、徹底して空力的洗練を追求した零戦の方が、性能的にやや勝っている証拠の一端といえるだろう。

    その反面、空力を追求するあまり、構造・工作が複雑になってしまった零戦は、生産性の悪が、資源・人材の乏しい当時の日本には足かせとなったことも事実である。生産性の悪さに関して、現在も零戦の新造作業を行っている米レジェンド・フライヤー社は、「欧米戦闘機と比較して、製造に四倍も手間がかかる」と語っていたほどだ。

    世界で唯一、飛行可能な隼Ⅲ型甲(手前)は、千島列島占守(シュムシュ)島で回収した残骸。零戦22型はニューギニア・バボ飛行場跡で回収した残骸を基に、それぞれ新造された(Photo:Atsushi "Fred" Fujimori)

     かたや隼は、割り切った設計を導入することで、戦時下の必須条件である生産性を高めていた。あくまで性能を追求して、理想を達成するか? あるいは妥協しても、現実的な生産性を優先するのか? 零戦と隼は、スタイルこそ似通っていても、設計思想は対極に位置する戦闘機であった。(文・藤森篤)

     【プロフィル】藤森篤(ふじもり・あつし) 日本大学理工学部航空宇宙工学専修コースで、零戦設計主務者・堀越二郎博士らに学ぶ。30余年間、飛行可能な第二次大戦機の取材・撮影をライフワークとする。著書は『零戦五二型・レストアの真実と全記録』『現存レシプロ戦闘機10傑』(エイ出版社)など。


    http://www.sankei.com/premium/news/170805/prm1708050011-n1.html
    2017.8.5 09:00

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    帝国陸海軍を代表する二大戦闘機、零戦(奥)と隼(Photo:Atsushi "Fred" Fujimori)
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    世界で唯一、飛行可能な隼Ⅲ型甲(手前)は、千島列島占守(シュムシュ)島で回収した残骸。零戦22型はニューギニア・バボ飛行場跡で回収した残骸を基に、それぞれ新造された(Photo:Atsushi "Fred" Fujimori)
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    零戦と隼の原型機が搭載したのは、ともに中島飛行機製の空冷星型複列14気筒エンジン。海軍は「栄」、陸軍は「ハ25/115」と、名称は異なるが、実質的に同一エンジン(Photo:Atsushi "Fred" Fujimori)
    http://i.imgur.com/0NSucV5.jpgno title

    隼Ⅲ型甲は最終量産型、零戦22型は中期に登場した型式。改良を重ねた隼は最終型にいたって、零戦とほぼ同等まで性能を向上させた(Photo:Atsushi "Fred" Fujimori)
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