真実を追究する KSM WORLD

日本の歴史・政治など納得いかないものを徹底的に追究するブログ。

    最高顧問

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    金 天海(김 천해、きん てんかい 1899年5月10日 - 没年不明])は、在日朝鮮人の左翼活動家。在日本朝鮮人連盟最高顧問。日本共産党中央委員。本名は金 鶴儀(김 학의、きん かくぎ)。 「天海」は僧名。大韓帝国(後の大韓民国)慶尚南道蔚山郡出身。日本大学中退。

    同年11月25日午前10時30分、東京地方裁判所で、金天海、李雲洙、朴得絃、金漢郷、金容杰、朴得杰、朴相勗、金正泓らの公判が開かれた。

    金容杰は「コミンテルン万歳」を叫び、朴得杰、朴相勗は朝鮮語で、「日本共産党と被告会議を開催して、完全に公判闘争を敢行した」と叫んだ。李雲洙が革命歌を歌い始めると、被告全員も起立して唱和した。

    朴得絃が全員を静かにさせて、裁判長に、金漢郷を議長とした、被告たちの公判会議の開催を要求した。裁判長の制止を振り切って、金天海ら被告たちは次々に発言した。

    同日11時20分、裁判長は、裁判の公開を禁止し、分離裁判を行なうことを明言した。金天海ら被告全員が抗議したが、力ずくで退廷させられた。同日午後、金天海らの分離裁判が始まった。

    金天海は、「朝鮮語禁止は、日本帝国の暴圧だ」「何故、自分たちの保釈が認められないのか」「共産党被告はコミンテルンの支部として闘っているから、日本・中国・朝鮮の被告を全部統一して裁判しろ」と主張した。

    同年12月8日に第2回公判が開かれ、最初は「統一審理・公開裁判」で行なわれたが、第1回公判と同様に混乱したため「分離裁判・非公開裁判」となった。

    1931年3月21日、金天海は懲役5年の実刑判決を受け、控訴した。同年10月30日、控訴審公判第1回準備手続の法廷で、看守、巡査、憲兵の退席を要求した。弁護士の介入により、警備が緩和された。

    同年10月、幹部の大量検挙により、朝鮮共産党日本総局が解体した。同年、全協組合員1万人中、4000人が朝鮮人だった。

    yokomititakahiro




    この人、北海道知事時代に「食の万博」とかやって大失敗したけど何も責任とらなかったんですよね?(うろ覚えです、横から失礼します)
     お辞儀しなかったのは、自分は、天皇陛下のSPになったつもりですか?それならいいけど、花柳幻舟みたいに大喪の礼での無礼みたいなことしたらね。てか大喪の礼を変換出来ないスマホってどうなの?最近、朝鮮の言葉をすぐ変換できるのはなぜ?
    因みに、世界食の祭典は、北海道の黒歴史。たまたまバブル時代で負債を返せたが、お気に入りの部下が逮捕されている。
    招かれていないのに行くとはどういう事なんですかね?
     蓮舫のこれまでの言動から推測するに、あの女の最終目標はご皇室の廃止だと思います。

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