2011-03-18-Vietbao- 「日本人の悲しみを共有し、日本人に感服する。」 18/3/ 2011, 15:04 GMT+7 Hà Minh Thành さん(警察官、在日ベトナム人で日本に帰化)は、福島県 警察庁を支援するために被災地に入った。彼がベトナムの友人に伝えた日本人 の人情と強固な意志を象徴する小さな子供の話に、我々ベトナム人は涙を流さ ずにはいられなかった。 福島第一原発から、約 25km 離れた地点にいる Thanh 氏は、最も過酷な状 況における日本人の人情と強固な意思に関する感動的な物語を話した。 私は治安確保のために福島に派遣されたものの治安自体はかなり安定して いる。

地域住民は保安チームを結成し、お互いに大変よく助け合っている。仮 に盗難しようとする者がいても、簡単にはできない。そのため、この数日間、 自分は主に被害者の埋葬と食料分配の手伝いをしている。 死者が余りにも多い。初日に、警察官が黙祷し、あまりにもひどい惨状に涙 したが、今は泣く時間もない。 中国の Global News という新聞の Vương Hy Văn 記者が 3 月 17 日に、取 材のために自分に一日同行した。倒壊した建物を通ったとき、数千万円の紙幣 が濡れて広い敷地内に散乱しているが、誰もが拾おうとしていなかった。

Vương Hy Văn 氏は「50 年後、中国の経済レベルは世界一になれるかも知れ ないが、今の日本人のような意識や国民的な高いマナーのレベルに達せられる だろうか……」と話した。 この数日間、自分は災害における人々の感動的な人情を目の当たりにしてい る。東北大卒の工学博士であり、髪の毛に白髪が混ざる自分が恥ずかしく思う ような出来事があった。

3 月 16 日の夜、被災者に食料を配る作業を自治体に手伝うために自分は小 学校に派遣された。人々の長い列の中で、9 歳ぐらいの子供を見かけた。彼は 短パンと T シャツしか着ていない。非常に寒い気温で、彼が列の最後にいるた め、僕は彼の番になれば、配る食料もないと心配し、近寄って話を聞いてみた。 彼は体育の時間の最中に地震と津波が来た。その近くで仕事をしていた彼の 父親が学校に駆けつけた。学校の3階のベランダから彼は父親と車が水に飲み 込まれたのを見た。

自宅が海岸のすぐ近くにあり、母と弟/妹も避難できなか っただろう。肉親について話すとき、彼は急いで顔を振り、涙を拭き、声を震 わせた。 彼が寒そうに震えているのを見て、自分は警察のコートを脱いで、彼に羽織 り、夕食のパックを渡した。彼がすぐに食料を食べると思っていたが、彼は配 給用の食料箱の中にパックを置いて列に戻った。僕のびっくりした眼差しに対 して、彼は「ほかの多くの人が僕よりもおなかを空かせているだろうから、そ こに入れて、公平に配ってもらうように」と話した。 それを聞いて、私は急いで顔をそらし、涙を隠した。

最も困難な時に、9 歳の 男の子が大人の私に、人としての道を教えてくれるとは思いもよらなかった。 9 歳の男の子でも、忍耐強く、困難を耐え、他人のために犠牲になることが 出来る日本という民族は、きっと偉大な民族だと思う。日本は、最も困難な状 況に直面しているが、少年の時から自分を捨てることができる国民性のおかげ で、必ずやより強く再生するに違いない。 ViệtBáo ( VnMedia)より
 https://www.jica.go.jp/vietnam/office/others/saigai/pdf/news01.pdf